少子高齢化や若者の県外流出による人口減少。秋田にいるとそんな話題を見聞きすることが多い。しかし、統計上は「1」としか表されない数字もそれぞれが1人の人間であり、少しずつ違う悩みや葛藤を持ち、異なる物語を生きている。
そんな個々の物語が交差し、ソウゾウを促す場として《ソウゾウの森会議》がある。
ソウゾウの森会議、新年度のキックオフ
2024年5月25日、今年度のキックオフとなる回が開催されると聞き、秋田市へと赴いた。秋田駅へ降り立ったのち、秋田杉のバスターミナルが特徴的な駅西口から千秋公園、通町商店街を抜けて、徒歩で会場へと向かった。
2022年度から秋田県立大学、秋田公立美術大学、国際教養大学の3大学が森林資源の活用、新規事業の創出、若年層を中心に秋田の未来を考えることを目的に行っているソウゾウの森会議。地域おこしや起業支援の講演・ワークショップと一味違い、個人の求める生き方、働き方を起点とする対話の場であることが特徴だ。これまでに県内各地の市町村で開かれ、多種多様な参加者を巻き込んできた。
今回、山菜の季節が過ぎた秋田に新たな芽吹きをもたらす、第12回会議の開催レポートをお届けする。
偶然の出会いから共創へ
会場となったのは、まさにこの日にグランドオープンを迎えたAtle DELTA(以降 アトレデルタ)。秋田を拠点に映像制作や映画館運営の事業を手がける株式会社アウトクロップ(以降 アウトクロップ)が旧アパートをリノベーションすることで生まれた複合施設だ。
まずは施設のツアーが行われた。地上階から順に特色のある各フロアを探索していく。
1階のカフェ兼バー、マチノミナトは地のものや旬のものを活かした多国籍料理を提供する。2階のゲストハウスは、カーテンで仕切られたスペースが並ぶドミトリーや個室など複数のスタイルでの宿泊が可能で、個人の旅行者から家族連れまで幅広い客層の利用がイメージできる。3階は物件オーナーである東北物産株式会社のオフィスとなっているそうだ。そして、4階のコワーキング及びシェアオフィスは奥羽山脈が望める開放的な眺めが印象的。アウトクロップもこの階に入居している。
代表の栗原エミルさん、CCOの松本トラヴィスさんはアウトクロップを立ち上げる前、国際教養大学在学中に短編ドキュメンタリー映画『沼山からの贈りもの』を制作した。一度は生産の途絶えた秋田古来の伝統野菜《沼山大根》の復活を目指した3人の農家に焦点を当てた本作を通じ、秋田や地方で未だ表出していない物語がたくさん存在していることに気づいたという。
映像制作を事業とする会社がなぜ今、カフェや宿、オフィスを営むのか?
「撮影や取材を通し直面してきた秋田や地方の課題は、決して1個人や1社の力だけでは解決できない。多種多様なスキルを持ち、バックグラウンドの異なる人々が集まり、コクリエイト(共創)することが必要だと思っている。」
カフェ、宿、オフィス、それぞれ独立して機能するが、1つの場所にあることによって利用者間の交わりも生まれる。「偶然の出会いから、世界に新しい何かを感じさせるプロジェクトが生まれる拠点にしたい」という思いが施設運営のベースにある。
秋田市のプロモーション映像などを手がけてきたアウトクロップは、県内外の企業や人々とコラボレーションをすることで課題を乗り越えてきた。その動きはますます加速し、更なる挑戦がこの場所から生まれていくのだろう。
木が集い、森となる、ソウゾウの森
施設のツアーを終えて、いよいよ会議。
今回の参加者は銀行やメディアを含む企業の方、大学生や教職員、地域おこし協力隊などの移住者や地元の主婦の方までさまざま30名ほど。自分らしい暮らし方を想像=ソウゾウ (imagine)し、秋田という風土の中での働き方を創造=ソウゾウ(create)したい人たちが集まっていた。
主催である国際教養大学の工藤尚悟先生、株式会社Q0代表の林千晶さんからソウゾウの森会議を含む事業全体(秋田COI-NEXT)についての紹介があり、森の価値変換や起業家育成を10年という期間で計画していることなどが紹介された。
その後、最初のプログラムである『はじめましてのワークショップ』の紹介があり、個人の働き方を対話などを通じて考える《Tokyo Work Design Week》を主催してきた&Co.代表取締役の横石崇さんにマイクが渡された。
所属や肩書に囚われない―はじめましてのワークショップ
最初は5〜6人のグループに分かれ、配られた紙の中心に名前を書く。偏愛マップの作成だ。
まず、自分の名前の漢字を基に自身の性格やこだわりを共有する。改めて文字単位で意味を考えていくと、それらが自分の性格や考えに影響を与えてきていると感じる。その後15分ほどで、名前の周りに自分の好きなこと、趣味などをできる限り書いてみる。「とりあえず25個」と言われ書き出していくと、SNSの字数制限や履歴書の欄には収まりきらなかった自分の好きやこだわりを知ることができた。
周りでは音楽アプリでよく聴いているアーティストを調べたり、写真を見返して趣味を書き起こす人も多い。一通り思いついたものを書ききり更に考え続けると、普段なら格好をつけて書かないことや、キャラじゃないからと公にしなかったことも思いつく。それぞれの肩書きや所属に囚われない、自然なアイスブレイクだった。
その後は席を立ち会場を歩き回りながら、偏愛マップを使って全体での自己紹介セッション。
年代が違うし分からないかな?と思った好きなアイドルの名前が通じたり、相手のファッションからは想像できない趣味を共有されたりと驚きの連続。隣では「俺、あのラーメン屋でバイトしてた!」と地元トークで盛り上がる人たちがいたりと、世界の狭さを感じる。お互いの共通点を見つけ盛り上がったり、気になったものを指差しながら交流する姿が見られ、会場全体の緊張がほぐれていく時間だった。
偏愛マップの共有が終わると、再びグループに戻り、次はライフチャートの作成。就職活動時に書くことが多いと思うが、横軸が時系列、縦軸が気分や状態のアップダウンを示す線グラフである。
振り返りながら、転校時や部活を始めたタイミング、大学や就職が決まった瞬間を思い返す。あの時は山、ここは谷底。思い出し始めると、前後の出来事や気分の浮き沈みも頭に浮かぶ。幼少期は親や周りから聞いたエピソードが中心な一方、中学生以降の記憶は定かであるため「あれも含めたい、これは含めない」と選ぶのが難しい。当時世界の終わりのように感じていた学生時代の失敗は、出来上がったライフチャート全体でみるとたいしたことはない。仕事を始めてからの落ち込みのほうがはるかに大きく、タイムマシンがあったら「これくらいで世界も人生も終わらないから大丈夫」と自分に声をかけてあげたくなる。もちろん、その後により大きな困難が来ることは隠したままで。
顔を上げて周りを見てみる。今回20代から60代まで参加者がいたため横軸の幅は人によって異なっている。しかし、進学や就職でアップダウンが現れているなど、年齢やバックグラウンドが違ったとしても変化のタイミングは共通する部分も多いと感じる。
ファシリテーションを務めた横石さんは「全体的に右肩上がりのグラフが多いね」と、参加者の前向きな姿勢や希望が表れているとコメント。「廃人だった時期がある」というエピソードを受けて、「SNSではグラフの高い状態しか共有されないが、皆落ち込むこともあるんだと思わされた」と語る参加者もいた。リアルな場だからこそ開示できる安心感があったのかもしれない。
課題から企てへ―秋田をつなぐ100の仮説ワークショップ
第2部の後半はアウトクロップによる『秋田をつなぐ100の仮説ワークショップ』。秋田という地域への疑問や課題感、面白くするためのヒントを皆でブレインストーミングしてみようという時間だ。
ここで生まれたアイデアから、アウトクロップが実際に取材やインタビューを通じ、課題解決や疑問を解消する映像を制作する、と栗原さんから発表がある。アトレデルタを拠点にさまざまな人たちに関わってもらいながら、シリーズ化することを計画しているとのこと。
各グループのテーブルには秋田の地元紙や付箋が配られ、個人ワークの時間で参加者それぞれ、日頃の疑問や解決してほしい課題などを書き起こす。
あるグループでは、大学生2名と東京・秋田でそれぞれ子育てを行うお父さん2名というメンバーで、子育てについて議論をしていた。東京のほうが意外と公園が整備されており子供が外で遊べる環境が整っている一方で、秋田では車移動が必須なためか、家庭でゲームをすることが一般的という現状が共有され、「意外ですね」と一見外遊びの多そうな地方のイメージとのギャップに驚く。普段の生活や人間関係が異なる人たちが集まったからこそ生まれる面白い気づきである。
各テーブルでグループ内のシェアが行われた後、全体の発表へ。
「なぜイオンが最強なのか?休みの日に県民が集まる謎」
「なんでも寒天にしてしまう秋田県民、不漁不作問題を寒天でかさ増し?!」
「アトレデルタや学生シェアハウスなど、多様な人が交わる空間を全市町村へ」
といったアイデアが発表され、最終的にアウトクロップの栗原さんより「河川敷から材料摘み?技能実習生は秋田でどう暮らしている?」が制作テーマとして選ばれた。海外から秋田の地に訪れた技能実習生の人たちに秋田の楽しみ方・暮らし方を学ぶことで、この地の魅力を後世に残していくヒントがあるのではないか、という仮説。映像の完成がとても楽しみなテーマである。
多種多様な個が集まってこそ、循環し相互に支え合う“森”となる
ツアーやワークショップが終わると、1階に移動し懇親会が行われた。秋田の新鮮な食材や調味料を使った魚のフリットやリエットなどが大皿に並ぶ。
交流している人たちをみると、偏愛マップに書いていたことや発表の内容などで話が弾んでいる。話題の中心が、肩書や実績ではなく、自分の好きなことや目指す生き方になっているためか、居心地が良い気がする。
「こんなに面白い人たちが秋田にいるのかと驚いた」と語ったのは県南から参加した20代女性。地元でも若者のUターンを散見するようになっているそうだが、ソウゾウの森会議のような場でしか会えない人たちがいると再認識。このように多様な個が集まる場があることで、相互の情報交換だけでなく面で繋がっていく関係性が構築できるかもしれない。
森を形づくるのは若い芽から年月を経た大木であり、はたまた広葉樹や針葉樹など種類の違う木々である。今回集まった参加者それぞれを”木”と見立てた時に、多種多様な個が集まってこそ、循環し相互に支え合う”森”となる。
今回会場となったデルタとは「三角州」の意。山に雨が降り、森や川を介して流れ出たものが一度堆積する場所だ。ここで出会ったものたちがともに海へ流れ、また雨水となって還る。そしてまた新たな森を育む。
そんな場所が、秋田にまた1つ増えたことを嬉しく思うと同時に、ソウゾウの森会議を通じて今後ますます出会いや発見が生まれていく、そんな未来を感じさせるキックオフイベントであった。
取材・文/大橋修吾 写真/星野慧 編集/加藤大雅
開催概要
【テーマ】
はじめる、ソウゾウの10年【開催日時】
2024年5月25日(土)13:00~17:00【場所】
Atle Delta(アトレデルタ)【ゲスト】
横石崇|&Co.代表取締役/プロジェクト・プロデューサー【参加者】
35名秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学