開催報告

第14回ソウゾウの森会議のレポート(詳細版)を公開しました

第14回ソウゾウの森会議

 時刻表を読み違え電車を逃すこと、料理をするなかで塩と砂糖を取り違えること。誰しもがこんな失敗をしながら日々を生きていることだろう。しかし、それが進学先を選ぶとき、キャリアの第一歩に迷うとき、新しい道に進むとき、それが人生の重大な選択であればあるほど、失敗に対する恐怖が増し、一歩踏み出すことを躊躇してしまう。

 「失敗から学ぶ」と題された第14回ソウゾウの森会議。これから直面する困難との向き合い方を知り、度々思い返すであろう新しい考え方と出会える気がして、参加した。

駅から10分、文化ソウゾウ地

 7月最後の土曜日。蝉が合唱し、ハス咲き誇る梅雨終盤の秋田。

 秋田駅西口から広小路をまっすぐ進み、今月完成した千秋公園のお掘を貫く遊歩道を通って会場へと向かう。たどり着くのは、あきた芸術劇場ミルハスや秋田県立美術館、中央図書館明徳館といった文化施設が集まる賑やかさと落ち着きが同居するエリア。今回会場となる秋田市文化創造館(以降 文化創造館)はその一角を担う。

 これまでもソウゾウの森会議の会場となっている文化創造館。旧・秋田県立美術館を改修し2021年にオープンした本施設では、アートの展示やマルシェイベント、そのほか既存の枠に囚われない市民による大小さまざまな企てが生まれてきた。

千秋公園

居心地の良い居場所づくり

 立っているだけでも蒸し暑い昼下がり、30名の参加者たちが文化創造館前の芝生エリアに集合していた。第1部のホストは、文化創造館でディレクターを務める芦立さやかさん。

 文化創造館についての説明の中で印象に残ったのは「あえて違和感を感じる空間づくりを意識している」という点。それは人々が「足りないと感じること」「あったらいいなと思うこと」を自らつくって変えられるように、だそうだ。オープンしてから3年たってなお、日々変わっていく施設の片鱗を見る。

芦立さやかさん

 芦立さんの説明が終わり、振り返って芝生エリアをみると机や椅子からなる5つほどの島があることに気づく。第1部のワークショップでは、今日初めて会った者同士、思い思いに座り、リラックスし、「居心地の良い空間」について語る1時間。

 文化創造館の前に用意された余白。決められた用途やルールがないからこそ、集まった人たちが「何をしよう」と考え、創ることができる。居心地の良さは、心理的安全性につながり、企てや挑戦を後押しするのではないか。今回この芝生広場で考え、感じたことは参加者各自が自分の属する組織や地域に持ち帰っても活かせる部分が多いはずだ。

芝生広場

 「居心地の良い空間」を考えるというテーマは設けられていたが、参加者同士がお互いを知る時間でもあった。オープンな空気の中、「今日はどこから来ましたか」「ソウゾウの森会議をどこで知りましたか」「なぜ参加しようと思ったのですか」などと会話を重ねたことで、第2部に向けての準備ができたとも感じる。

 その後休憩をはさんで、文化創造館のスタジオBへ移動。いよいよ第2部だ。

世界を変える”起業家的思考”

文化創造館スタジオB

「Are you ready to change the world?(世界を変える準備はできていますか?)」

 いきなりの投げかけに、きょとんとする参加者。「もう1回いきますか」と再度の呼びかけに対して、なんとか「おー!」と会場が応える。こうして「失敗から学ぶ」と題された第2部の講義はスタートした。

山川恭弘先生

 マイクを握るのは米国バブソン大学(以降 バブソン)で「起業家の失敗学」を教える山川恭弘先生。アントレプレナーシップ教育分野において31年連続全米1位の評価を受けるバブソンだが、決して起業家の輩出を目的にしているわけではないという。「起業家のように考え、起業家のように行動する。それが今の世の中を生きていく、社会を変えていく力になる」という言葉は、ソウゾウの森が掲げている「生き方・働き方のソウゾウ」に重なるものを感じる。

 ではその”起業家的思考”とは何か?「今日1枚しかスライドを使っちゃだめ、と言われたらこれです」と笑いながら、バブソンにおけるアントレプレナーシップの法則を包み隠さず説明してくれる山川先生。その中で印象に残ったのは「失敗は当たり前」という一言。

 「新しいチャレンジをするんだから失敗するに決まっているでしょ。大切なのは、じゃあ自分にとっての失敗ってなんだろうと考え、定義すること。」

参加者
山川先生

 話の中で「Affordable Loss(許容できる損失)」という考え方が紹介される。お金、時間、名声……失ってもいいものは人それぞれ。それを自分なりに定義し、挑戦の中で失敗をすることはむしろウェルカム。そこから得られる学びが最大のリターンである、と山川先生は力強く語る。起業や企てをするにしても、私たちは失敗したくない、恥をかきたくない。そんな思いがどうしても先行してしまう。そんなとき、この言葉を思い出したい。

 バブソンは起業家養成学校ではない。しかし、結果として卒業生の5人に1人が起業する。講義が始まってまだ30分。その理由が少しわかったような気がした。

失敗への恐れ

 次に紹介されたのは、1999年からバブソン大学が収集し続ける世界の起業に関するデータベース「Global Entrepreneurship Monitor(GEM)」。世界のGDPの92%分をカバーする膨大な情報が整理されている。

 その中からある棒グラフが紹介される。国別での人口あたりの起業家率ランキングだ。上位3カ国の国名が伏せられており、参加者にクイズが出される。「アメリカ」「インド」「イスラエル」などの回答が続くがいずれも不正解。山川先生が少し溜めてから発表した国は、意外にも上から順にペルー、ウガンダ、エクアドルだった。

 上位を占めるのは、必要ベースの国々。仕事の選択肢が少なかったり、雇用される側では稼ぎが十分に得られなかったりと、必要に迫られて起業をする環境ということだ。一方、気になる日本は、集計している国の中では最下位。日本はどちらかというと機会ベース、チャンスや可能性を見つけた者が起業をする傾向にあるとのこと。たしかに、働き口はある程度選択肢があるし、明日を生きるために起業をしようとはなかなか考えない。必要に迫られてではなく、機会や可能性を軸に起業ができるという環境は恵まれているのかもしれない。

 そして、日本が集計以来1位の座を譲っていない項目があるという。実は、「起業に対する自信のなさ」と「身近に起業をした人がいない」という不名誉な数値のランキングだとわかり、なんとも言えない気持ちになる。日本において失敗への恐れが根深く浸透してしまっているのは避けがたい事実のようだ。

ランキング

 山川先生が教えているように「定義し、学びの糧とする」という姿勢で失敗に向き合う、という考え方が浸透していく余地は多いにありそうだ。

 では、どうしたら失敗に向き合うことができるのだろう?

失敗に向き合う

 起業家教育の最前線で共有されている常識や海外の視点から客観的に見た日本など、盛りだくさんのプレゼンテーションが続く中でも、山川先生からいくつかの問いが投げかけられた。都度、グループで議論をする。

 1つ目は「幼少期の失敗を共有してください」。

 はじめは恥ずかしい雰囲気がグループに流れたが少しずつ思い出が話される。自転車に乗り始めたとき何度も転んだこと、テストで悪い点数を取って怒られたこと。当時恥ずかしかったことも、幼少期の失敗だと共有がしやすい。皆も経験があると分かっているからだろうか?

 夕方、父と母に見守られながら、従兄弟とともに団地の駐車場で補助輪を外して自転車の練習をしたとき、倒れても「さっきより長く乗れたね!」と声をかけられていたことを思い出す。この声かけで、さらに長く、遠くへと挑戦し続けられた。このとき自分は転んだことより、数メートル伸びた1人乗りの長さに喜んでいた。

 対話の中で、失敗とは「親や先生、社会から求められ、設定した理想との乖離で定義されているかもしれない」と1人が発言する。確かに、と皆で頷く。山川先生の話を聞いて、失敗の見方が少しずつ変わってきた。

参加者

 続けて投げかけられたのは「最も価値のある失敗を共有してください」という問い。

 第1志望の受験失敗、大切な人との別れなど、今回は少々恥ずかしく感じる失敗エピソードが話される。1つ目の問いへの答えと比べると、失敗の規模も、人生への影響も大きい。

 1人がぽつり「最も価値のある失敗と言われても思い浮かばない。私は合格判定の出ていた大学に入り、確実に受かりそうで、周りから評価される就職先を選んだ」と発言する。なぜ大人になるにつれて、失敗は避けるべきものとして捉えるようになってしまうのだろうか。幼少期の「失敗が当たり前」という認識を持ち続けるにはどうしたらいいのだろうか。

 山川先生から、米国の著名な起業家であるサラ・ブレイクリーのエピソードが紹介される。それは、彼女が幼少期、毎日学校から帰ると父親から「今日はどんな失敗をしたんだい?」と尋ねられていたという話。失敗をしていない日があるとできる話がない。そこから彼女は毎日何かに挑戦するようになった。環境が与える影響は計り知れない。

 また、本人の意識次第でも変えられそうだ。山川先生は、バブソンの学生に対して「履歴書に、成し遂げたことではなく、これまでに何に挑戦してどんな失敗をしたのか記せ」とアドバイスしているという。

 視点を、成功ではなく失敗に向けるだけで行動も変わるかもしれない。

山川先生と参加者

今後してみたい失敗は?

 失敗すること、恥をかくこと。それらを避けるのではなく、学び・成長の糧にする。世界を変えるための1歩目は「自分にとっての失敗ってなんだろう」と考え続け、失敗を恐れずに挑戦することだ。

 「あなたが今後してみたい失敗は何ですか?」、山川先生から最後の問いかけがなされる。

 「挑戦してみたいことはなんですか?」と聞かれると気が重いが、失敗をする前提で挑戦できると考えるとなんだかワクワクする。例えば地域で困っている人のもとに話を聞きに行ってみる。文句ばかり言っていた足元の課題に対して解決のために1つアクションを起こしてみる。失敗を避けるために挑戦してこなかったが、失敗をする前提であればやりたいことが次々と浮かんでくる。どれも、明日にでもできることだ。

 「私が今日してみたい失敗は?」と自分に問い、周りには「あなたが今日してみたい失敗は?」と投げかける。そんな小さな一歩が、失敗を味方につけ、世界を変える大きな飛躍となるだろう。

 あなたがこれからしてみたい失敗は何ですか?

山川先生

取材・文/大橋修吾 写真/星野慧 編集/加藤大雅

開催概要

【テーマ】
失敗から学ぶ

【開催日時】
2024年7月27日(土)14:00~18:15

【場所】
秋田市文化創造館

【ゲスト講師】
山川 恭弘 | バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授

【ホスト】
芦立 さやか | 秋田市文化創造館 ディレクター

【参加者】
29名

秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
運営:秋田市文化創造館
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学

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