開催報告

第13回ソウゾウの森会議のレポート(詳細版)を公開しました

第13回ソウゾウの森会議

 自由な発想で活発な意見交換を!

 そんな場で、けっきょく空気を読んでしまったり、求められている答えを言ってしまったりした経験はないだろうか?周りからの見え方や外からの意見を気にしてしまう。自身の過去を振り返れば幾度もあった。

 けれど、そのままではいけないともわかっている。何を変えたらいいのか、ヒントを求めて今回ソウゾウの森会議に参加した。

まだ見ぬ価値観と出会う玄関口

 2024年6月29日、梅雨目前のカラッと晴れた土曜日。暑さを避けるため急いで車に乗り込み、エンジンをかける。目指すは県北。

 第13回ソウゾウの森会議が開催される鹿角市は、秋田市から車で2時間半かかる。舞台となる大湯エリアは、江戸時代、旧秋田藩ではなく旧南部藩に属し、十和田湖の玄関口として栄えた宿場町。その名の通り、800年前から大量の湯が湧き、共同浴場が点在する地域である。

道の駅おおゆ

 古くから人々の行き交ったこの地で、県内外の参加者が交わる。「湧き出る多様性、ソウゾウの100年」と題した、第13回ソウゾウの森会議の開催レポートをお届けする。

内と外が混ざる日常の場

 木々の連なる山道を縫い、いくつものトンネルを抜けると、昼前に集合場所である道の駅おおゆに到着した。

 今回ホストを務めるのは木村芳兼(きむらよしかね)さん。元・鹿角市地域おこし協力隊で、現在は盛岡に本社を構える株式会社ヘラルボニー(以降 ヘラルボニー)の岩手事業部でシニアマネージャーを務めている。鹿角と盛岡の2拠点生活。

 木村さんの「暑いですね、でもやりましょうか!」という声をきっかけに、第1部のツアーが始まる。

隈研吾さん
道の駅おおゆ

 2018年4月にオープンした道の駅おおゆ。「縁側」をイメージして設計された空間では、足湯に浸かりながら山々を眺め、長距離運転の疲れを癒すことができる。設計は日本を代表する建築家の1人である隈研吾さん。「壁を装飾する秋田の伝統工芸である曲げわっぱや、十和田石の床から地域性を感じられます」と木村さん。地元の人にとって馴染みのある文化や資源が、さりげなく訪問者を迎える造りとなっている。

東家1
東家2

 道の駅というと、観光客をターゲットにした施設が多いイメージだが、道の駅おおゆには休憩所にしては大きい東家がある。それもそのはず、この東家では4と9のつく日に市日(いちび)が開催されているとのこと。市日とは、サーカスのように移動する商店街であり、実店舗を持たない商店らが決まった日にポッと出現することで、野菜からお魚まで、生鮮品を求める地域住民のニーズに応えている。お土産物販売のみならず、住民の生活を支える市場の役割も果たしているということだ。

東家3
東家4

 道の駅ツアーのあと、徒歩5分の大湯温泉保養センター湯都里に移動した。温浴施設でありながらカフェや大広間もあり、市民はもちろん観光客の利用も多いそうだ。

 「では、せっかくなので温泉に入りましょう」と木村さん。事前に知らされていたとはいえ、初対面の人たちとお風呂をともにすることには少し抵抗を感じる。けれど、服を脱いでしまえば関係ない。参加者同士はもちろん、普通に温泉に入りにきた地元の人とも「どこから来たの?」「このあたりのおすすめ、教えて」など会話が生まれている。湯が育む自然な打ち解け合い。第2部に向けてのアイスブレイク、というより温泉なのでウォームアップだろうか?

大湯温泉保養センター湯都里

自然に形づくられる人々の営み

 湯上がりに休憩スペースでウトウトとしていたが、時計を見るとアナウンスされていた集合時間直前。カフェで鹿角産のリンゴジュースをテイクアウトし、2階の会場へと向かう。ここからはトークとワークショップから成る第2部だ。

 冒頭、国際教養大学の工藤尚悟先生から「温泉があるなら入らずにはいられませんよね」と問いかけがあると、会場に笑いが広がる。

 ソウゾウの森会議が目指す地域起業の紹介において、秋田で持続する企ては「個人が意図しないところで自然に形づくられ、結果として生態系の一部となっているものが多いのではないか」と工藤先生。「温泉があるからには入りたくなってしまう」「魚が釣れるからには捌いて食べたくなってしまう」といった具合だろうか。

工藤尚悟先生

 ただそれだけでは企てにまで発展しないのではないか?持続するヒントはなんだろう?問いがふつふつと生まれていく。

内なる「異彩を放つ」

 続いて、今回参加者の多くが興味を持っていたヘラルボニーの事業や思想について、同社代表取締役Co-CEOの松田文登(まつだふみと)さんが語り始める。

 「ヘラルボニー」初めて聞く響きであるが、知的障害のある松田さんのお兄さんが自由帳に書いていた言葉とのこと。意味のない言葉なのだけれど、「言語化できない面白さや響きがある」と松田さん。

ヘラルボニー

 2018年に創業したヘラルボニーは、知的障害があるアーティストの作品をデータベースとして収蔵し、商品、企画、空間などに落とし込んで世の中に展開する事業を行っている。ブランド立ち上げ時にはネクタイだけだった商品は、今や財布、水筒、シャツやバッグなど多岐にわたる。いずれの作品も、全国各地、52の施設に所属する計241名のアーティストによって彩られている。

 トークではヘラルボニーと契約するアーティストの作品も紹介された。トゥレット症候群(※1)の作家が描く、動きのある絵。文字を繋げてしまう強いこだわりを持ったアーティストが描く、楽曲の歌詞をつなげたレタリング表現。迷路のように見える線の連なりも、右上から左下にかけて順番に追うとスピッツの「夏の魔物」の歌詞が浮かび上がる。曲を聴いたとき、このような情景が頭に浮かんだのだろうか。一見、風景を描いた色彩豊かな抽象画と思うものも、詳しく聞くと作家の個性が詰まっている。どう見るかは受け手の感性次第なのかもしれない。

作品1
Yukihiro Kokubo「アサガオ」
作品2
Satoru Kobayashi「夏の魔物」

 線が震えてはいけない。文字は独立していなければいけない。このような当たり前を押し付けてしまっては、世に放たれなかった作品たちが次々と紹介される。既存のルールから外れたものや、大多数の当たり前とは違ったものを”障害”と感じてしまう感覚自体が隔たりをつくってしまっていると感じる。松田さんは「障害者という人はこの世に1人もいない」と言い切る。壁をつくっているのは私たち自身なのかもしれない。

異彩を、放て。
松田さん

 どうしても表出する個性、抑制しているけれど本当はこうしたいという強い思い。これらは見方を変えれば”異彩”となるのだろう。個人の内から湧き上がる強い感情をヘラルボニーが後押しすることで、アーティストは異彩を放つことができ、結果的に社会の変容が起きている。

 自身の内なる感情と向き合い、慣例にとらわれすぎずに勇気を出し、表現してみる。そうすることで認知され、自身を取り巻く環境を変えることに繋がるのかもしれない。

※1 チックと呼ばれ、思わず起こってしまう素早い体の動きや発声の1種

湧き出るものを表現する

 トークが終わり、ワークショップへと移る。

 ヘラルボニーが企業向けに提供している、多様性への考え方を養うワークショップだ。今回は時間の都合上、その一部のみを体験する。机の上に用意された指で描く絵の具、油性ペン、クレパスの他スポンジや梱包材などを使いA3のキャンバスに描きたいものを描くというもの。45分にセットされたタイマーが始動すると、思い思いに取り掛かる。

ゆびえのぐ

 個人ワークの時間。まず、第12回で作成したライフチャート(※2)を元に描き始める。トレースし、用紙に線グラフを移す。そして、今回の舞台となる鹿角らしさを足そうと考え、温泉マークを被せてみる。描いているうちに、3本の湯気が風呂場の床に寝そべる棒人間に見えてきたため、顔と手足を足す。自身のソウゾウの森会議参加による変化を、作品に落とし込みたいと考えたのだが、そこで「さて、次は何を描こうか」と手が止まる。

 他の参加者が何を描いているか見てしまったり、下手と思われたらどうしようと思っていると、なかなか次の一手が始められない。「いけない、目の前の画材に集中し、使ってみたいと思う材料で模様を描こう」。それでも、その後に描いたものは、意図せず反復してしまっていたり、間隔を均一にしてしまっていたり。

 企てや、自身の湧き出る感情を抑え込んでしまっているのは、このような他者との比較ではないか。周りから目立たぬようにしようという気持ちが絵に表れているようで恥ずかしくなる。

個人ワーク1
個人ワーク2
個人ワーク3
個人ワーク4

 タイマーが終わりを告げる。その後、各テーブルを回り、それぞれの作品を鑑賞する。決められた時間、用意された画材、道の駅ツアーから温泉に浸かるまで共通の体験を経たにも関わらず、生まれた作品は多様であった。

 特に気になったのは、ある農家の女性が描いた、田んぼに並ぶ稲苗の中をミミズやオタマジャクシが漂っている、そんな風景を表した作品だ。トーク内で挙げられた作品の例や、他の参加者が描いている画風とまったく似通っていない。描きたいものが無理なく用紙に広がっているように感じた。

個人ワーク1
個人ワーク2
個人ワーク3
個人ワーク4

 生活や仕事で誰かに相談をされたとき、社会課題を解決しようとプロジェクトを考えるとき。「解」に辿りつくことを急いでしまうことがあるが、アート表現は自身の内に眠る感情や疑問を外に、社会に「問う」手助けになると感じる。正解を問われるテスト、テンプレートをなぞる資料作成に反し、真っ白なキャンバスに一から描くという行為は”自由な発想”を育むひとつの手段なのかもしれない。

※2 第12回ソウゾウの森会議において、自己紹介のワーク中に作成した人生のアップダウンを表す折れ線グラフ

内なる創造性が、ひいては社会の多様性に

 1人の個性から生み出された「ヘラルボニー」という言葉は、今や検索すれば10万件以上ヒットするようになった。国民の半数以上が知的障害者に関わったことがなく、その割合は先進国の中で最も多いという日本。しかし、知らず知らずのうちに彼・彼女らの描いた作品と巡り合うことで変化が生じていくだろう。異彩を放つ企てが、人々の生活に彩りと気づきをもたらし、社会が少しずつ変わっていく。

 今回の参加者も、ワークショップを通じて、それぞれの内なる個性や思いに気づいたのではないか。知らず知らずのうちに私たちは、周りに合わせ、自身の創造性を抑え込んでいるのかもしれない。アート表現を通じて垣間見た個人の「内」と、無意識に従っている社会や環境という「外」。ソウゾウの森会議が提供した自身の内面への旅が気づきを生み、自身の奥底に眠る異彩に気づき、外へと表現する機会となった。

ソウゾウの森会議

 私たちには「外」にある自然や社会に形づくられる営みと同時に、「内」にある個性や強い思いも存在している。逆らえない自然環境や、社会の当たり前は一度受け取りながらも、今あなたを取り巻く「外」のあり方に違和感を覚えたとき、その環境を構成する一員として変化を促してもいいはずだ。

 それぞれが自身の湧き出る創造性を社会に放つ。それらが育ち、色づくことで、ひいては多様性となる。温泉湧き出る大湯から、参加者の様々な色が互いに、そして社会に混ざり始めた1日となった。

ソウゾウの森会議

取材・文/大橋修吾 写真/星野慧 編集/加藤大雅

開催概要

【テーマ】
湧き出る多様性、ソウゾウの100年

【開催日時】
2024年6月29日(土)14:00~18:00

【場所】
道の駅おおゆ

【ホスト】
松田 文登 | 株式会社ヘラルボニー 代表取締役Co-CEO
木村 芳兼 | 株式会社ヘラルボニー 岩手事業部シニアマネージャー

【参加者】
20名

秋田 COI-NEXT拠点 ソウゾウの森会議
主催:公立大学法人国際教養大学
共催:株式会社Q0
運営:株式会社ヘラルボニー
連携:公立大学法人秋田県立大学、公立大学法人秋田公立美術大学

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